2012年6月3日日曜日

洋楽雑記帖 A Notebook Of Western Music 200712


Y.M.C.A./Villege People
(Y.M.C.A./ヴィレッジ・ピープル)

Young man, there's no need to feel down
I said young man, pick yourself off the ground
I said young man 'cause you're in a new town
There's no need to be unhappy

若人よ!落ち込む必要はないのだ!
声を大にして言おう、若人よ!地を這う己を引き摺り立たせろ!
更に言おう、若人よ!もう新しい街にいるではないか!
不幸な思いをする必要など、ここには存在しないのだ!

Young man there's a place you can go
I said young man when you're short on your dough
You can stay there and I'm sure you will find
Many ways to have a good time

若人よ!己の足を向ける場所があるのだ!
声を大にして言おう、若人よ!金が足りなかろうが!
その地はお前を追い出しはしない!そして私は確信する!
お前が数え切れぬほどの楽しみ方をそこで知ることを!

It's fun to stay at the Y.M.C.A.
It's fun to stay at the Y.M.C.A.
They have everything for young men to enjoy
You can hang out with all the boys

Y.M.C.Aで過ごすのは楽しいぞ!
Y.M.C.Aで過ごすのは楽しいぞ!
そこにいる連中は、若人を楽しませる全てを備えている!
そこにいる全ての若人達と友達になるがいい!

It's fun to stay at the Y.M.C.A.
It's fun to stay at the Y.M.C.A.
You can get yourself clean
You can have a good meal
You can do whatever you feel

Y.M.C.A.で過ごすのは楽しいものなのだ!
Y.M.C.A.で過ごすのは楽しいものなのだ!
不潔な自分とはおさらばだ!
うまいものを食うがいい!
感じるものは何でも行動に移すがいい!

Young man, are you listening to me
I said, young man, what do you want to be
I said, young man, you can make real your dreams
But you've got to know this one thing

若人よ!ちゃんと聞いているのか?
声を大にして言おう、若人よ!お前は何になりたいのだ?
更に言おう、若人よ!夢を現実にするがいい!
しかし、これだけは知っておかなければならぬのだ!

No man, does it all by himself
I said, young man, put your pride on the shelf
And just go there, to the Y.M.C.A.
I'm sure they can help you today

全て自分の力だけでやれる、そんな野郎はいないのだ!
声を大にして言おう、若人よ!プライドは捨てるのだ!
そしてただ足を向けるがよい!Y.M.C.A.へ!
我は確信する!そこにいる連中が、すぐに手助けしてくれることを!

It's fun to stay at the Y.M.C.A.
It's fun to stay at the Y.M.C.A.
They have everything for young men to enjoy
You can hang out with all the boys


オクラホマ州ラ減量センター

Y.M.C.Aで過ごすのは楽しいぞ!
Y.M.C.Aで過ごすのは楽しいぞ!
そこにいる連中は、若人を楽しませる全てを備えている!
そこにいる全ての若人達と友達になるがいい!

It's fun to stay at the Y.M.C.A.
It's fun to stay at the Y.M.C.A.
You can get yourself clean
You can have a good meal
You can do whatever you feel

Y.M.C.A.で過ごすのは楽しいものなのだ!
Y.M.C.A.で過ごすのは楽しいものなのだ!
不潔な自分とはおさらばだ!
うまいものを食うがいい!
感じるものは何でも行動に移すがいい!

Young Man, I was once in your shoes
I said, I was down and out with the blues
I felt no man cared if I were alive
I felt the whole world was so jive

若人よ!我もお前と同じ境遇にあったのだ!
声を大にして言おう!我も落ち込み、1人で悲しみに暮れたのだ!
生きているのに、誰も自分を気遣ってはくれないと感じたものだった!
この世とは、まったくわけのわからないものだと感じたものだったのだ!

That's when someone came up to me
And said young man take a walk up the street
There's a place there called the Y.M.C.A.
They can start you back on your way

そんな時、誰かが我の元へやってきた
そしてこう言ったのだ、若人よ!この道を歩いていけと!
そこには、Y.M.C.A.と呼ばれる場所があるのだと!
そこにいる連中が、お前を元の姿へ戻してくれるのだと!

It's fun to stay at the Y.M.C.A.
It's fun to stay at the Y.M.C.A.
They have everything for young men to enjoy
You can hang out with all the boys

Y.M.C.Aで過ごすのは楽しいぞ!
Y.M.C.Aで過ごすのは楽しいぞ!
そこにいる連中は、若人を楽しませる全てを備えている!
そこにいる全ての若人達と友達になるがいい!

Y.M.C.A.
It's fun to stay at the Y.M.C.A.
Young man, Young man, there's no need to feel down
Young man, Young man, pick yourself off the ground

Y.M.C.A!
Y.M.C.Aで過ごすのは楽しいぞ!
若人よ!若人よ!落ち込む必要などそこにはないのだ!
若人よ!若人よ!!地に這う己を引き摺り立たせろ!

Y.M.C.A.
Just go to the Y.M.C.A.
Young Man, Young Man, I was once in your shoes
Young Man, Young Man, I was out with the blues

Y.M.C.A!
Y.M.C.Aにただ足を向けろ!
若人よ!若人よ!我もお前と同じ境遇にあったのだ!
若人よ!若人よ!我も1人で悲しみに暮れたのだ!

Y.M.C.A.
Y.M.C.A.
Y.M.C.A.
Y.M.C.A.

Y.M.C.A!
Y.M.C.A!
Y.M.C.A!
Y.M.C.A!

<対訳>多々野親父


" wappingersが低下"

●聞える音楽は楽しさ満点、歌ってる連中は遊園地さながらのコスプレ軍団、それだけを見れば人畜無害以外の何者でもなく、だから西城秀樹はおろかピンクレディまでもがカバーまでして・・・、しかしその実態は、ホモセクシャル解放?をテーマにしたキワモノだったという、1970年代終盤の日本を襲ったヴィレッジ・ピープルのブームは、言ってみれば誤解が生んだシロモノだったんですよねぇ、これが。

このグループは、フランス人のミュージカル作曲家ジャック・モラーリが、スタジオでバックコーラスとして歌っていたヴィクター・ウィリスと出会うことからスタートします。そしてジャックは「リード・ボーカルとして私のアルバムで君が歌ってくれてる夢を見たんだ。そしてそのレ� �ードはものすごく売れたんだ」とヴィクターに話し、その誘い?に彼も乗ったんですね。こうして1977年にリリースしたアルバム「ヴィレッジ・ピープル」が売れていくのを見て、ジャックは録音した曲をステージで演じるメンバーを集めたグループを結成することを決断します。そうして、我々が知るあの姿が出来上がるんですね。
ヴィレッジ・ピープルという名前は、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジからとったものですが、当時のこのあたりはホモセクシャルの発展場として知られており、モラーリと彼のビジネスパートナーだったヘンリー・ベローロは、グループのコンセプトをこの路線で行くことに決めた、というわけです。要するに、最初からしっかりと仕掛けが張り巡らされたグループだったんですね、これが。


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ディスコ、ディスコと草木もなびくような時代に、ヴィレッジ・ピープルは意味深な歌詞をそこら中に散りばめた曲を軽快なビートに乗せて歌うというスタイルを確立します。まず1978年にはアルバム「マッチョ・マン」をリリース、ここからシングルカットしたタイトル曲も25位まで上昇するヒットになります。そして同じ年にリリースされたアルバム「クルージン」から1枚目のシングルとして世に送り出されたのが「Y.M.C.A.」だったんですね。
この曲は1978年11月11日にTop40へ入ってくると、31位→22位→17位→15位→13位→12位→8位→年末休→7位→7位→4位→3位→2位→2位→2位→5位→8位→9位→12位→22位という大ヒットを記録してしまいます。Top40に20週、Top10には12週も留まるというのは、「Y.M.C.A.」がほとんどノベリティソングだったということを思えば異常な事態で、企画モノであっても楽曲のよさと流行をとらえてさえいればこのような素晴らしい結果をもたらすということを世に知らしめたと言えるでしょう。

さて、ヴィレッジ・ピープルといえばコスプレということで、最盛期のメンバーと共に振り返ってみましょう。

アレックス・ブリリー(水兵)
デヴィッド・ホードー(建設現場作業員)
フェリペ・ローズ(インディアン)
グレン・ヒューズ(なめし皮ファッション)
ランディ・ジョーンズ(カウボーイ)
ヴィクター・ウィリス(警官)

で、これらは皆、ホモセクシャルの皆さんが好きな職種だと言われていたものだったんですね。

しかし、こうしてホモセクシャル文化が商品化されたことによって、当の皆さんは困ったことになったようです。例えば、Y.M.C.A.は実際にその筋の方が同好の士を見つける場所というニュアンスで語られてはいましたが、歌がヒットしたことによって実際にそういう用途の為に身を置いていた人が心情的にその場を使えなくなってしまうという現象を生んだんですね(あくまでも推測っす、あくまでもね)。ですから、おそらくチャート史上初めてのホモセクシャル賛歌という「功績」だけでなく、ヴィレッジ・ピープルはそのテの皆さんの地下化を促進させる役割を果たしたとも言えるのでは� �いかと思います。


そして1979年、こうした背景を持ったこの曲が星条旗をモチーフにしたツナギを着た西城秀樹の手にかかり、未曾有の大ヒットになってしまったわけです。何せ、洋楽カバーでは初めて歌謡大賞を受賞してしまったんですからねぇ。すごかったです、ホントに。
ただ、西城秀樹版が売れた背景には、はっきり言って振り付けの影響が強かったように思います。やはり頭の上で「Y」「M」「C」「A」はインパクトもあったし、簡単で誰でもできる(Cの向きが逆になるという落とし穴はありましたけどネ)、しかも西城秀樹の熱血ぶりが恥かしいという気持ちをどこかにすっ飛ばす効果も生んで、皆が真似したんですね。
この振り付け、実は日本サイドが考案したものでした。いくら日米間の情報的な距離が今よりもあったとは言え、この曲の持つ本来のテイストが自分にそぐわないという部分を薄めておこうと、西城本人と振り付け師の一の宮はじめがアイディアを生み出したわけですね。ヴィレッジ・ピープルは1979年の1月の段階でコンサートに来ていた観客がこの振りをしているのをメンバーが見て、これはいけると練習を開始したと話しているようですが、西城版のリリースが2月だったことを思うと、先行して歌番組などで西条が歌っているのを見た人が、ヴィレッジ・ピープルの前でそれをやっていたと見るのが正しいのかもしれません(後に西城自らがヴィレッジ・ピープルに直接教えたという話も残っています)。
何にしても、輸出大国として電化製品など様々なものをアメリカに売っていた日本が、こうした文化的な何かを輸出していたというのは面白い話だと思いますね。今ではヤンキースタジアムの試合で5回になると行われるグラウンド整備の際に、グランドキーパーがこの曲と共に登場し、Y!M!C!A!とやるほど浸透しているわけですから。


ヴィレッジ・ピープルはこの後、ピンクレディがカバーすることになる「イン・ザ・ネイヴィー」を1979年5月に最高位3位を記録するヒットにしますが、ディスコブームの終焉と共に立ち位置がなくなり、1980年代にはお馴染みの格好を捨ててニューロマンチック風のファッションで勝負するなど迷走し、結局1985年にアルバム「セックス・オーヴァー・ザ・フォン(しかし、ひでータイトルっすね・・・)」を最後に表舞台から姿を消すことになります。
しかし、1993年にひょんなことから彼らがまたスポットライトを浴びる機会が巡ってきます。1979年に出したアルバム「ゴー・ウェスト」のタイトル曲をペット・ショップ・ボーイズがカバーし、これがイギリスで最高位2位をマークするヒットしたからでした(アメリカでは最高位106位だったのですが、これは4曲入りのミニアルバムのような形でリリースされた為だと思われます。ダンスチャートでは1位になっているので、決してアメリカではヒットしなかったとは言えません)。

テーマ : 洋楽
ジャンル : 音楽



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